最高裁判所第二小法廷 昭和25年(オ)126号 判決
被上告人は本件上告を不適法であると主張し、上告却下の判決を求めるのであるが、本件原判決は第一審判決を取り消し事件を第一審裁判所に差戻したのであつて、かかる判決もこれを終局判決と解すべくこれに対し民事訴訟法三九三条によつて当裁判所に直に上告することができるものと解するを相当とする。(昭和二十六年十月十六日当裁判所第三小法廷判決判例集第五巻一一号五八三頁参照)
本件上告理由は別紙記載のとおりである。
論旨は、本訴は行政事件訟訴特例法施行以前に提起せられたものであるにかかわらず、原判決が出訴期間について、右特例法五条四項と同趣旨の下に、訴願裁決を知つた日から計算すべきものとし、本訴を適法な訴であると判示したのは法令の解釈を誤つた違法があるというに帰する。
行政事件訴訟特例法施行以前においては、同法二条で規定するいわゆる訴願前置の規定はなかつたのであつて、農地買収計画に対しては自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する)七条による異議訴願を経ないで直ちに裁判所にその取消又は変更を求めて訴を提起することができたものと解せざるを得ない。すなわち当時においては、農地買収計画の違法を理由にその取消又は変更を求めるためには、異議訴願によることもできるし、裁判所に出訴することもできたものと解するを相当とする。而して論旨は行政事件訴訟特例法の施行されていなかつた当時においては買収計画に不服のある者が自創法七条による異議訴願を申し立て斥けられた場合においても、買収計画に対する出訴期間は買収計画を知つた日から計算すべしというのであつて、所論は法令の解釈として一応合理的なようにも考えられる。
しかしながら、右所論のように解しても訴願裁決のあつた後、裁決庁たる県農地委員会を被告として、訴願裁決の取消又は変更を求めて訴訟を提起する場合においては、その出訴期間の起算日は訴願裁決のあつたことを知つた日とすべきことは当然であつて論旨もこれを否定するものではなく、かえつて論旨第二点では訴願裁決の取消を求める訴の提起がゆるされる以上、買収計画に対する出訴期間を原判決のように訴願裁決を知つた日から計算すべきものとし本訴を適法な訴と解する理由はないと主張するのである。
おもうに訴願裁決は行政庁の行為である点においては一面行政処分たる性質を有し、従つて取消変更を求める訴の対象となり得るものではあるが、他面行政庁の行う争訟裁判の一つの形式であつて、その判断の対象は原買収計画の当否にほかならない。従つて原買収計画を是認し訴願を棄却した裁決について、その取消を求める訴は、通常の場合はその実質において買収計画の取消を求める訴と少しも変りはないのである。換言すれば訴願裁決に対する出訴期間内は原買収計画はなお関係者によつて争われ得る状態にあるものと言うことができる。従つて行政事件訴訟特例法施行以前においても買収計画について異議、訴願を経た場合は、右買収計画に対する出訴期間は訴願裁決を知つた日から計算して少も支障はないのであつて、原判決に違法の点はなく、論旨はこれを採用することができない。
以上説明のとおり論旨は理由がないから本件上告を棄却すべきものとし民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致をもつて主文のとおり判決する。
(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人弁護士堀川嘉夫の上告理由(その一)
本件について特に上告するの理由は昭和二十三年一月二十六日以後全国的に提起された「農地買収不服の行政訴訟」の内昭和二十三年七月十五日(行政事件訴訟特例法実施)以前に於て為された市町村農地委員会の「買収計画」について、その取消を求める訴が尤も多くその訴の大部分が出訴期間の法律上の問題にかかつており現に下級審で審理されつつあるもので、その中にて、本件はその尤も典型的のものに当り第一審大阪地方裁判所がこの「出訴期間」の点について判決をしたところ、その控訴審に於ては、全く根本的にその法律上の見解を異にした結果「差戻判決」となつたのであるが、もしも、この種の「差戻判決」に対して上告をしない場合にはこの種の法律上の解釈について遂に最高裁判所の判決を受くる機会を失う事になるので、従来の大審院の判決では「第二審の差戻判決については上告を為し得ない」趣旨になつてはいるが、本件事案は訴訟自体が画期的性格(農地改革という特異性)を持つておるので、その法律上の解釈を根本的に確定し、下級審に於ける多数訴訟の傾向を決定したいために特に上告をしたものであるから、従来の大審院の判例を変更して、ここに新しい最高の判例の確立を期待するものである。
以上
上告代理人弁護士堀川嘉夫の上告理由(その二)
第一点 原判決は法律に違背したもので破棄すべきものである。
(一) 本件の事案は行政事件訴訟特例法(以下単に特例法という)実施(昭和二十三年七月十五日)前に於て自作農創設特別措置法(以下単に自作法という)(昭和二十一年十一月二十九日実施及び昭和二十二年十二月二十六日改正)に基き為された農地買収に関する行政処分について被上告人等はその処分の内「買収計画」を定めた、上告人委員会を相手取つて其の「買収計画の取消」を求める行政訴訟である。
(二) 本件事案の内容は、被上告人等所有の農地につき自作法に基き上告人委員会を原処分庁とする大阪府農地委員会、大阪府知事の各行政庁が順次左の如き各個の行政処分等が為されたのである。
(1) 上告人委員会は
昭和二十二年十二月二十三日買収計画を定め(買収の時期は昭和二十三年三月二日)
之を公告して縦覧期間を同年十二月三十日から十日間と定めた。
(2) 被上告人等は
昭和二十三年一月八日異議の申立をした。
(3) 上告人委員会は
昭和二十三年一月十三日右異議につき審議して却下決定をした。
(4) 被上告人等は
昭和二十三年一月十八日大阪府農地委員会に訴願した。
(5) 大阪府農地委員会は
昭和二十三年二月二十九日訴願棄却の裁決をした。
(6) 同委員会は
昭和二十三年三月一日右買収計画を承認した。
(7) 同委員会は
昭和二十三年八月三日前記裁決書を被上告人等に送付した。
(8) 大阪府知事は
昭和二十三年七月七日被上告人等に買収令書を交付した(自作法第九条)
(9) 右事案につき被上告人等は上告人委員会を被告として昭和二十三年八月五日前記(1)記載の「買収計画の取消」のみを求める行政訴訟を提起したものである。
(三) 本件の事案についての唯一の争点は
本件の事案は前述の通り、特例法実施前の行政処分であつて、当然前掲昭和二十二年十二月二十六日改正の自作法第四十七条の二第一項本文の規定の適用を受けるので本訴が果して、同条の規定する出訴期間内に提起せられておるのかどうかという点である。
(四) ところが原審は本件が出訴期間経過後の不適法なる訴であるかどうかという点について全く法律に違背した見解に立つて本件の判決をしたもので、原判決はその理由に於て『まず被控訴人委員会に対する本訴の適否に就て考えるに同被控訴人が昭和二十二年十二月二十三日、控訴人等主張の土地につき農地買収計画を定め控訴人等が昭和二十三年一月八日これに対して異議を申立てて、同月十三日却下せられ同月十八日大阪府農地委員会に訴願した結果同年八月三日訴願棄却の裁決が控訴人等に到達したことは当事者に争がない、このような場合に自作農創設特別措置法第四十七条の二第一項本文の定める一ケ月の出訴期間を原審の見解のように右異議申立の日から起算することは一方に異議や訴願のなお繋属しているに拘らず、重ねて訴を起すことを強制することとなり、当事者に対して苛酷に過ぎ条理に反する結果を来すから、妥当な解釈とは認められず却て行政事件訴訟特例法第五条第四項の規定と同様に訴願の裁決の到達した日から起算するものと解する方が法の精神に適合するものと云わねばならない』と判示しておるこの原審の見解こそは全く、自作法第四十七条の二第一項本文の規定に違背した判決であつて寧ろ第一審裁判所の見解が尤も正しいものと謂うべきである。
(五) 原判決は判示自体で本件の事案が特例法実施前の行政処分であつて、その当時に於ては未だ特例法で定めた訴願前置主義の立法のなかつたことも卒直に認めておる。従つて、自作法第四十七条の二第一項本文の規定の適用あることも亦之を肯定しておる。而して原審が、その規定の適用に当つて、同条に規定しておる出訴期間の起算点となつておる、尤も重要なる事項即ち「当事者がその処分のあつたことを知つた日」ということは本件の事案について、当事者が如何なる事項を知つた場合に、この規定に該当するかということについての正確なる認識を欠如していた結果その判断を誤つたものである。自作法第四十七条の二第一項本文にいう「当事者がその処分のあつたことを知つた日」ということは、抽象的には、或る行政庁の処分によつて利害関係を生じた当事者は、その処分を違法なりと思惟して、それを理由として、その取消を求めんとする場合に於ては、その取消を求める処分、そのもののあつたことを知つた、その時点を指示しているのである、この場合の当事者の認識は、自已が「取消」を求めておる特定の処分庁の特定の独立せる処分それ自体でなければならぬ。故にその特定独立の処分を基点として仮令これに関連して生成発展する過程に於ける処分庁を異にする段階的処分そのものの認識を意味するものではない。本件事案は上告人たる行政庁がした行政処分である「買収計画」そのものの取消を求める訴であつて、ここに訴願と当事者が特定しておる訴願の裁決の取消を求める訴は包含しておらない。
この場合に被上告人に対して法律の要求する出訴期間の起算点は、被上告人が本訴を提起するについて、何時買収計画のあつたこと即ち処分(他の処分庁のした、処分と区別された特定独立の処分である)があつたことを知つたのかということであつて、その認識の時を確定することを以て足り、その以外の事項についての認識の有無は問題外である。従つてこの認識の対象と全く異つておる訴願について、裁決のあつたことを何時知つたかということではない。原審はこの「買収計画」と「訴願の裁決」の両者についてその異つた処分であつて、自作法上各個独立の意義と効力あることについて何等の検討をせず、漫然「自作法第四十七条の二第一項本文の定める一ケ月の出訴期間を訴願の裁決の到達した日から起算するものと」判示しておることは明かに法律違背である。
(六) もしも原審判決の如き解釈をせんとするならば必ず、訴願前置主義の立法のあることを必要とするものと謂わねばならぬ。即ち行政処分について異議訴願の手続が許されておつて、その異議訴願の手続を経なければ行政訴訟は出来ないとか、又は行政訴訟の出訴期間の起算点は、その訴願の裁決のあつたことを知つた日から起算するということは、特にその事項が明文化されておることを必要とするもので、その規定のない場合には、必然的論理的に原審の如き解釈をすることは出来ぬ。原審の解釈の違法であることは自作法制定の理想と其立法経過とを明かにすることによつて一層明確になる。
自作法は数次の改正を経て昭和二十二年十二月二十六日改正で第四十七条の二が設けられたのであるが、改正前の自作法では、立法当時は、農地改革の政治的社会的重要性に鑑み、その急速果敢なる実現を企図する目的から断然行政訴訟を禁止して、単に行政庁に対する、異議訴願の手続を許すのみとしていた処が、新憲法の実施に伴い新しく、昭和二十二年法律第七十五号第八条によつて、一般的に行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める行政訴訟の道が開かれるに至つた。これによつて自作法による、行政処分については、その違法なるものに対しては、自作法による異議訴願の外に、前記法律第七十五号第八条による行政訴訟も出来ることになり、その行政訴訟の提起には只その出訴期間を六ケ月と定めたに止まつて、他に何等出訴の条件即ち異議、訴願との関係については、明文を以て定めなかつた。
其の出訴期間の起算点については「当事者がその処分のあつたことを知つた日」と規定しておる、自作法第四十七条の二は、この法律第七十五号第八条の出訴期間を一ケ月に短縮した特則を定めたのである。この改正自作法第四十七条の二によるも前記法律第七十五号第八条の規定と同様その出訴期間の起算点を「当事者がその処分のあつたことを知つた日」と定めた外は、之亦異議訴願との関係即ち出訴の条件は何等の規定を設けず(所謂後日制定の特例法の如く訴願前置主義を立法的に採用しておらない)専ら行政処分によつて利害関係ある当事者に対しては何等の制限を加えず」一面行政庁に対する、異議、訴願と他面、裁判所に対して訴を提起するとの全き自由を与えたもので当事者は実に権利の行使について、何等の条件が附加されておらない。(所謂訴願前置主義による、行政訴訟制度は、異議訴願を欲せざる当事者に対しては寧ろ一種の制限を加えたことになる)因て昭和二十二年五月三日より、昭和二十三年七月十五日特例法の施行によつて、訴願前置主義の原則が確立される迄の間に於ては、農地買収に関する行政処分について不服のあるものは、自作法第七条による各別の処分庁の処分について、一定の期間内に異議、訴願の手続をすることも可能、又別に裁判所に対しては自作法第四十七条の二による行政訴訟の提起も可能であつて、この当事者に与えられた、法律上の権能には両者の索連関係はないから、別段、当事者に対して、原審のいうが如き『異議訴願の手続がなほ係属しているに拘らず重ねて、訴を起すことを強制する』という観念はあり得ない、只この場合に於て、自作法第四十七条の二に規定して居る出訴期間の進行については同法条に起算点として規定して居る事実の発生とともに進行するものであるから、行政訴訟の提起についてはこの規定に従うべきは勿論である。従つてこの出訴期間は、出訴可能の時から進行するものであつて、もしも一定の事実の発生による出訴可能の時から本来の出訴期間は進行するのであるが、これを他の理由によつて阻止する場合には必ずその阻止する一定の条件についての規定と、更にその条件発生後新に出訴期間の進行する旨の規定を必要とするのである。これが即ち訴願前置主義の規定の存在する場合にあたるのである。これはその趣旨の規定があることに基くので、斯る出訴の条件が法律によつて定めていない場合には(訴願前置主義の規定のない)自作法第四十七条の二の規定にのみよつて出訴期間の起算点を定むべきである。本件の買収計画に対して、仮令被告人等が異議訴願の手続をして、なほその係属中ではあるが、被上告人等が買収計画を定めたことを知つた日から行政訴訟の提起は可能であり、出訴可能である限りに於てその時から出訴期間は進行するものであつてこの法律の規定は、原審のいうように当事者に対して苛酷であるとか、条理に反するとか、いう観念を入れる余地はない。原審の如き解釈には法律の規定を必要とするので、その規定のないに拘らず原審の如き解釈は明かに法律違背である。
(七) 更に原審が援用した「昭和二十四年(オ)第一六一号同年十月十八日判決最高裁判所第三小法廷」の判決は本件の事案とは根本的に相違しており、その原審で確定している事実関係も全く異つているものであつて(同事件の上告の理由とその判決とを対照)本件の出訴期間についての法律問題としては、援用すべきものではないことを附言しておく。
第二点 次に原判決は『なお買収計画取消の訴が出訴期間経過により不適法となつた後でも、同じ内容の請求を訴願の裁決に対する取消の訴として適法に起せるという原審(第一審)の見解については、この二つの訴は形こそ違え結局同一の訴であつて前者の訴が出訴期間の徒過によりもはや起せなくなつた以上、再訴は許されないものと解するから原審の見解は之を採用し難い』と判示して居るが、これも亦、この点についての法律違背としての破棄を免れない。
(一) 原審は自作法による尤も新しい問題に属する農地買収に関する各処分庁のする行政処分とそれに対する不服の訴との関係について明白なる認識なきに似たるものと謂はねばならぬ。農地買収については自作法によつて定められておる通り各々の行政庁の各個の行政処分があるが即ち
(1) 市町村農地委員会がする「買収計画」と「異議の決定」
(2) 府県農地委員会のする「訴願の裁決」
(3) 知事のする「買収令書の交付」
であつて、この段階的に進行する一連の行政処分は包括的一個の行政処分ではないので当事者は右の各個の行政処分のいづれの部分についてでも、違法があつた場合には、その行政処分に対して、その処分庁を相手方として各個独立して不服を申立て法律上の救済手段(行政訴訟)を執ることが自由且つ可能である、これを具体的に謂えば
(1) 「買収計画」と「異議却下決定」に対してはその処分庁である「市町村農地委員会」を相手方として、(この場合の出訴期間の起算点は「買収計画」については「公告の日」(処分の日に当る)或は、異議の申立の日“処分のあつた事を知つた日に当る”「異議却下決定」に対しては決定の謄本の送達の日である)
(2) 「訴願の裁決」に対しては、その処分庁である府県農地委員会を相手方として(この場合の出訴期間の起算点は、処分のあつたことを知つた日即ち「裁決書謄本」の送達の日である)
(3) 「買収令書」の交付に対しては、その処分庁である知事を相手方として(この場合の出訴期間の起算点は処分のあつたことを知つた日即ち買収令書交付の日である、“これは自作法第十四条の対価増額の訴の出訴期間と一致する”)
夫々の各個の独立した、行政処分について、その行政処分の日又は処分のあつたことを知つた日から起算して法定の期間内に出訴するの自由と可能があるそれで、もしも、当事者に於て、前記の(1)の出訴期間を徒過した場合でも(2)の処分についての出訴期間内に更に又(3)の出訴期間内に夫々出訴し得る機会は時間的に十分存するのであるから、(殊に(3)の場合は買収令書の交付のときより一ケ月内に対価の増額の訴をも提起し得るのである)この不服の訴と併合も出来る。而して前記(1)乃至(3)の各個の訴の請求の原因は共通した原因に限定されておるものではない、寧ろ各個の訴については、各個の原因のあることを通例とするものであるから仮令(1)の訴について請求の原因にして理由のない場合でも(2)又は(3)の訴についての請求の原因にして理由があればその買収計画自体には何等法律上の取消又は無効の原因がないときでも、その買収計画自体は適法なる法律上の効力を存続せしむることは出来ぬ。原審判示の如く「買収計画取消の訴が出訴期間経過により不適法となつた後には………云々再訴は許されないと」解するが如きは全くの誤りで、訴願の裁決の到達した日から、起算して、出訴期間が経過していても、その後に買収令書の交付があつた場合にはその、交付の時から一ケ月の間には「買収」(買収計画又は訴願裁決に対する訴ではない)自体に対する不服の訴は、国又は知事を被告として提起し得るものであつて、この場合に於ては、買収に関する一切の行政処分が審理されるのである。従つて原審の如きこの種の訴の形式従つて出訴期間に関連する判示は、法律解釈を誤つておるものと謂わねばならぬ。
(二) 之を要するに、本件の如き「買収計画の取消」を求める訴についての出訴期間の起算点(処分のあつたことを知つた日)を上告人の主張(従つて第一審裁判所の見解の如く)の如く買収計画に対する異議申立の日であると解するも決して原審の如く当事者の訴権を不当に強制したり苛酷であるとの観念を入れる余地はなく、原審の如き斯る思想は寧ろ法律の規定より離れて根本的に誤謬に陥つておる結果と謂わねばならぬ。
以上